STITT, POWELL & J.J. (Prestige)
- Sonny Stitt

  1. All God's Children Got Rhythm
  2. Sonny Side
  3. Bud's Blues
  4. Sunset
  5. Fine And Dandy (take 1)
  6. Fine And Dandy (take 2)
  7. Strike Up The Band
  8. I Want To Be Happy
  9. Taking A Chance On Love
  10. Afternoon In Paris (take 1)
  11. Afternoon In Paris (take 2)
  12. Elora (take 1)
  13. Elora (take 2)
  14. Teapot (take 1)
  15. Teapot (take 2)
  16. Blue Mode (take 1)
  17. Blue Mode (take 2)

track 1-9
Sonny Stitt (ts)
Bud Powell (p)
Curly Russell (b)
Max Roach (ds)

track 10-17
Sonny Stitt (ts)
J.J.Johnson (tb)
John Lewis (p)
Nelson Boyd (b)
Max Roach (ds)

1949/12/11 #1-4
1950/01/26 #5-9
1949/10/17 #10-17

バド・パウエル参加の演奏が凄い。
ソニー・スティットのテナー・サックスも熱演だが、曲によっては、パウエルのピアノは完全にスティットを喰っている。
それどころか、《ファイン・アンド・ダンディ( take 1 )》では、アドリブを続行中のスティットに、ピアノが強引に割り込んできて、そのままスティットのアドリブ・パートを奪ってしまっている。
ジャズは弱肉強食の世界なんだなということを垣間見る一瞬だ。

もっとも、スティットも善戦しており、<神の子はみな踊る>では、噛み付くように挑んでくるパウエルのピアノを悠然と受け止めていたりもしているので、下世話な聴き方かもしれないが、両者の「喧嘩」を野次馬するには、格好のセッションなのだと思う。

ちなみに、あまり語られることのない《サンセット》という曲も、隠れた名演。
このバラードでの主役はスティットだが、パウエルのイントロとエンディングの付け方が印象的だ。
短い演奏時間の中、簡潔にまとまった演奏だと思う。
いずれにしても、このアルバムで聴けるパウエルのピアノはすべて素晴らしい。

レコーディング時、ソニー・スティットが、スタジオ入りしたパウエルに、「パウエルさん、あなたは世界一のピアニストです」、「偉大なるパウエルさん」などと、終始おだてまくったことが効を奏したのかどうかは分からないが、このセッションにおけるパウエルは絶好調で、並々ならぬ迫力と、一音一音が岐立した素晴らしいピアノを弾いている。

スティットのオダテに、すっかりその気になったパウエルは、スタジオにいた男を呼びつけ、「おい、そこのデブ、オレのサンドイッチ(ハンバーガー?)を買ってこい」と命令した。
ところが、その男は、プレスティッジ・レーベル社長のボブ・ワインストック。
怒ったワインストックは、以後、二度とパウエルのレコーディングをしなくなり、プレスティッジに残っているパウエルのレコーディングは、これ一枚っきとなったという有名なエピソードも残っている。

ところで、スティットは、このアルバムではテナー・サックスを吹いている。
スティットはもともとアルト・サックスでデビューしたが、チャーリー・パーカー在命中は、テナーを吹いていた。
その理由は、「パーカーに似ているといわれることを嫌って」というのが通説のようだ。
しかし、私の個人的な見解だが…

スティットのアルトが、チャーリー・パーカーに似ている?
とんでもない!!

よく聴けば分かるが、パーカーとスティットのサウンドはまるで違う。
めくるめくフレーズを吹きまくる瞬発力と敏捷性は、両者ともに共通しているが、スティットのアルトのほうが、軽快だ。
パーカーのような音色の"厚み"が感じられず、基本的に“球質”が軽いのだ。
両者が繰り出すバップ特有のフレーズはたしかに似ているが、たとえ同じフレーズでも、音の「たたみ掛け方」や微妙な陰影のつき方、そして重量感も全く違う。

たとえば、同じ時速50キロという速度でも、重厚な蒸気機関車が50キロで力強く通り過ぎてゆく迫力と、軽自動車がぴゅん!と軽やかに通り過ぎてゆく差というべきか。
もっとも、その軽やかさがスティットのスティットたらしめている、彼ならではの特徴なので、それが欠点というわけではない。あくまで、パーカーと比較した上での話だ。

「パーカーに似ていることに嫌気がさしてテナーに持ち替えた」というよりも、どんなに逆立ちしても、自分はパーカーにはかなわないから、土俵を変えようとテナーに転向したんじゃないかと私は思っている。

このアルバム、どうしてもパウエルとスティットの白熱した演奏ばかりが語られがちだが(まぁ、凄い演奏だから仕方がないのだけど)、後半の演奏を見逃してしまうのは勿体無いし、片手落ちだ。
前半のパウエル参加のセッションを“テンション”だとすると、後半のJ.J.ジョンソン参加のセッションは“リラクゼーション”。

トロンボーンという楽器の音色もあるが、とてもハート・ウォームな演奏がつづき、良い気分で和むことが出来る。
とくに《アフタヌーン・イン・パリ》のテーマのアンサンブルといったら。
曲も良いが、演奏もくつろげる。

しかし、ただ和むだけではない。
恐るべしは、J.J.のトロンボーン。彼のアドリブラインに注意深く耳を傾けると、本当にトロンボーンで吹いているの?と思ってしまうフレーズも出てくる。
とはいえ、よっぽど注意して聴かないと、気持ち良く耳を通り過ぎていってしまうが…。
難しいことを難しく感じさせずに、サラリとスムースに吹いてしまうところが、J.J.ジョンソンの凄いところだ。
また、ジョン・ルイスのピアノも良い。
彼の控え目で、ツボを押えた適格なバッキングは、前半には無い、くつろいだ感じ、そして、オシャレなムードすら醸し出している。

スリル、熱気、迫力、緊張感。
そして、和み、寛ぎ、暖かさ。
この両方が同時に封じ込められた『スティット・パウエル&J.J.』は、とても贅沢で、一粒(一枚)で二度おいしいアルバムだ。

それにしても、ジャケット描かれた、うようよとたくさん飛んでいる鳥のような怪物はなんなんだろう?

(2002/04/05) 

アルトを吹くスティットは好きではないが、
テナーを吹くスティットは嫌いではない。

音域、音色の問題が大きいのだろうが、アルトにはない、のほほんとした柔らかな味が出てくるからだ。
彼が一時期テナーに持ち替えた大きな理由は、パーカーのマネと言われたくなかったため。パーカーが亡くなるまでは、テナーで通したそうだが、ということは、パーカーの没後はアルトに戻ったというわけだ。

そんなことだったら、パーカーさんよ、スティットにアルトを諦めさせるためにも、テナーサックスが身体の一部になってくれるまで、どうして長生きしてくれなかったんだ! と悪態のひとつもつきたくなるのだが、まぁ、それはともかく、テナーのスティットは、アルトを吹いたときには見せないマイルドな味わいがあることは確か。

テナーのスティットを楽しむのなら、このアルバムが一番!
と書きかけて、再度聴きなおすと、うーむ、スティットも良いが、それ以上にパウエルのほうが、やっぱり凄い!
いや、スティットも良いのだが、パウエルが凄すぎるのだから仕方がない。

スティットがパウエルのことをレコーディング前におだてまくったために、ノリにノッてピアノを弾き散らかしている。 なにせ、強引にスティットからアドリブパートを“音で奪う”ほどの蛮行に出ているのだから。そこのところが、音楽的には滅茶苦茶スリリング。

『インナーマン』でコルトレーンのアドリブを強引に奪うドルフィーもカッコいいが、それと同じぐらいスティットの吹くスペースを奪い去るパウエルの強引さは弱肉強食なジャズの世界をまざまざと見せつける。

と、スティットのリーダーアルバムなのに、いつのまにかパウエルのことに話題が移ってしまっているのだが、そこがジャズの面白さでもある。
リーダーだけではなく、サイドマンが魅力的であればあるほど、音楽もどんどん魅力的になってゆくのだから。

魅力的なサイドマンといえば、もう一人。トロンボーンのJ.J.ジョンソンだ。 アルバム後半での彼のプレイは、スティットの穏やかなテナーと良い相性。

パウエル参加により、ヒリヒリとした緊迫感溢れる演奏とは好対照に、中低域の管楽器2名の繰り広げるアンサンブルは、穏やか、かつ和やか。とくに、《アフタヌーン・イン・パリ》が良いですね。

タイトルの3人のプレイが、それぞれ楽しめるアルバムだ。そのまんまなタイトルだが、内容をこれほど端的に表したタイトルもない。
(2006/01/30) 


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