THE GENIUS OF BUD POWELL (Verve) |
| - Bud Powell |
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Track 1-4 Bud Powell (p) Ray Brown (b) Buddy Rich (ds) Recorded in New York City,July.1950 Track 5-12 Bud Powell (p) Recorded in New York City,Feburuary.1951 |
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バド・パウエル絶頂期の代表作としては、 『ザ・バド・パウエル・トリオ(バド・パウエルの芸術)』、 『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』、 『ジャズ・ジャイアント』 の3枚があげられると思うが(次点がブルーノートのアメイジングvol.1)、『ジャズ・ジャイアント』はともかく、残りの2枚は私にとっては長い間苦手なアルバムだった。 とくに『ジニアス』のほう。 冒頭からいきなり「二人でお茶を」が、テイク違いで3曲も続くのだ。 たしかに、圧倒的なスピード感は、のけぞるぐらいの迫力だが、こう立て続けに何テイクも連続して演奏されると、アルバムの前半から、早くも聴く気が失せてくる。 もう一曲の「ハレルヤ」を除けば、残りはすべてピアノ・ソロの演奏。 冒頭の4曲、ピアノトリオといっても、ドラムとベースの作り出すリズムにのってピアノを弾くといった生易しいものではなく、パウエルの強引でスピーディなピアノに合わせて、かろうじてベースとドラムが息切れをしながらついてきているといった感じだ。 “パウエル時間”で弾かれる、この厳しい孤高の音空間は、常人の生ぬるい意識など、まったく寄せ付けない厳しさを持っている。 その点では、“飾り”としてのドラムとベースの入っている最初の4曲も含めて、私は『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』というアルバムは、パウエルのピアノ・ソロのアルバムとして認識しているし、このあまりにも厳しい世界は、私などの凡人が安易に近づかせない気迫とオーラが漂っているのだ。 だからだろう、同じ絶頂期のヴァーヴの録音でも『ジャズ・ジャイアント』はよく聴くにもかかわらず、『ジニアス』のほうには、ほとんど手が伸びない年月が続いていた。 とても、気安く手が伸びるタイプのアルバムではなかったのだ。 そして、ピアノの音の厳しさと、くつろぎの余地のまったく無い演奏は、たしかに“凄い”ということは分かっても、あまりにも孤高な世界ゆえに、このアルバムの持つ良さが、身体の底からは分からずにいた。 ところが、最近、ようやく『ザ・ジニアス・オブ・バド・パウエル』が分かってきた。 “分かってきた”なんて不遜な言い方かもしれないが、少なくとも、アルバムの持つ独自の世界を味わえるだけ、自分自身に余裕が生まれてきたのかもしれないし、このアルバムを購入した10数年前に比べれば、少しは成長したのかもしれない。 パウエルという天才が極めた芸術の頂点の一端が、私にもようやく理解できるようになってきたし、積極的にそれを味わいたいと思えるようになってきたのだ。 冒頭のトリオ4発の演奏も、驚異的な高速テンポで圧倒されるが、個人的にはむしろソロの演奏に惹かれている。 「オブリヴィアン」、「ダスク・イン・サンディ」。 これらの曲は、なんて美しくて、高貴で、そして孤独な曲なんだろうと思う。 そして、それを演奏するパウエルのピアノの気分そのものも美しく、高貴で、孤独なのだ。 曲と演奏がぴったりと合致している。 オリジナルに限らず、「バークリー・スクエアのナイチンゲール」のような既成の曲も、“パウエル重力”によって自在に曲の髄が引き伸ばされたり押し縮められたりしていて、単なる“しみじみとしたいい曲”では終わらせることの出来ない世界に塗り替えられている。 高貴で、ピアノの音がピーンと立っていて、凛として、そして美しい。 ジャズというよりは、クラシックの高貴な香りすら漂ってくるこのソロピアノ。 明晰で音の芯まで力強く澄み渡った迷いの無い音の中には、そこはかとない狂気も宿っているようで、単に優れた演奏の一言では括れない、表現の持つ無限の可能性と、ヤバさを垣間見てしまうようだ。 私にとっての絶頂期のパウエルのベストは長らく『ジャズ・ジャイアント』で、もちろん今でも愛聴盤の1枚ではあるが、最近は『ジニアス・オブ・バド・パウエル』のほうがかける頻度が高くなっている。 |
| (2003/01/02) |
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