THE BUD POWELL TRIO (バド・パウエルの芸術) (Roulette) |
| - Bud Powell |
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Track 1-8 Bud Powell (p) Curly Russell (b) Max Roach (ds) 1947/01/10 Track 9-16 Bud Powell (p) George Duvivier (b) Art Taylor (ds) 1953/08/14 |
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先日、ピアニストの中村尚子さんから興味深いお話を伺った。 彼女は、以前バド・パウエルの《四月の思い出》を採譜したことがあり、その際に、不可解に感じた点があったという。 それは、演奏のピッチと、パウエルが弾いているキー(調)。 「Aフラットのキーで、人間がこんなに早く弾けるわけがない」と採譜しながら感じたのだそうだ。 《四月の思い出》という曲は、通常は「G」のキーで演奏されることが多い。 しかし、この演奏は、半音上げた「A♭」で弾かれているように聴こえる。 ピアノをやっている人は実感済みだろうが、キーが一つ上がったり下がったりするだけで、黒鍵の量がやたらに増えて、急に演奏の難易度が高まることがあるのだ。 たとえば、「C」がオリジナルのキーの曲を、歌手から「Bに下げて」と言われたときのウンザリ度は、歌伴をやったことのあるピアニストなら誰しも実感を伴って頷いていただけると思うのだが(しかしカラオケの無い時代には、演奏家はそれが出来て当然だった)、とにもかくにも、「G」のキーが半音上がって「A♭」になるだけで、黒鍵の量が増え、それだけ、テクニック的な難易度は上がるのだ。 もし「A♭」でこれだけの演奏を出来たら物凄いことだと尚子さんは感じたそうだが、結果的には音源のピッチが正確ではなく、テープ(レコード?)の回転速度が速まった結果に生じた現象だということが判明したそうだ。 59年に録音されたマイルスの『カインド・オブ・ブルー』も長らく微妙にピッチが高まった状態の音源が流通していたことを考えると、47年に録音されたバド・パウエルの音源も正確なピッチで出回っていなかったことも致し方なかったことなのかもしれない。 なので、聴く人が聴けば、この『バド・パウエル・トリオ』の演奏は、通常のピアノの演奏よりも、わずかに早回しに聴こえてしまうことだろう。 ピアノのピッチを上げると、ふくよかな倍音が急に引き締まるので、とくに「絶対音感」が身についていない人でもよく聴けば分かると思う。 要するに、「圧倒的なスピード感に圧倒される圧倒的なアルバム」という圧倒的な枕詞がついて長らく出回っていたこのアルバムの「圧倒的な速度」も、実際のところは、ほんの僅かに緩めのスピードで演奏されていたということだ。 ただし、もちろん物理的なスピードと、スピード感とはまったく別もので、多少テンポが落ちたところで、バド・パウエルが本質的に持つ「スピード感」はまったく覆ることはない。 スピード感のみならず、緊張感、迫力。 バド・パウエルのピアノが持つ厳格な美しさのエッセンスが、各々の短い時間の演奏に詰め込まれているといるのが『ザ・バド・パウエル・トリオ』なのだ。 周知の通りバド・パウエルはモダンジャズにおけるピアノトリオの開祖。 従来のピアノトリオといえば、ピアノ、ベース、ギターだったところ、パウエルはギターではなく、ドラムを入れることによって、少人数編成の中にダイナミクスの要素を注入することに成功した。 このアルバムは現代のピアノ+ベース+ドラムスというピアノトリオの元祖といっても良いアルバムだが、古さをまったく感じられない生き生きとした躍動感が脈打っている。 《インディアナ》の迫力とと殺伐としたヤバさ。 《アイ・シュッド・ケア》の蕩けるようなロマンティシズム。 驚異的なテクニックと、卓越したアイディアが融合し、決して色褪せることのない素晴らしい演奏が残った。 これぞ、まさに歴史的な名盤といえよう。 歴史的って言葉は仰々しいので、あまり使いたくないのだが、このアルバムにはこの言葉がピッタリ当てはまる。 それは、ピッチのズレが多少あったところで、このアルバムの価値が変わることは何らない。 邦題『バド・パウエルの芸術』。 芸術。まさに! |
| (2009/11/08) |
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