LADY'S DECCA DAYS vol.1 (MCA Records) |
| - Billie Holiday |
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Billie Holiday (vo) Louis Armstrong (vo) Lester Young (ts) Billy Kyle (p) Horace Henderson (p) Bob Haggast (cond) Gordon Jakins (cond) Bill Stegmeyer (cond) Sy Olver (cond) ほか Released 1946-1958 |
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そもそも、私がジャズを聴く直接のキッカケとなったのは、好きな女の子に対しての見栄からだ。 もちろん、ビル・エヴァンスをはじめ、何枚かのアルバムを持ってはいたが、それほど真剣に聴いていたわけでもなく、ジャズってことを意識して聴きはじめたのは、やはり、女の子の存在が大きかった。 「ビリーの甘い声が好きなの」 そんな彼女と話をあわせるために、ビリー・ホリデイを聴きまくった。 知り合ったのは予備校。互いが浪人生のときだ。 つきあっていたわけではなかったが、妙にウマが合い、授業の後は、一緒に喫茶店やレコード屋へ行ったり、何をするでもなく、渋谷や原宿をぶらついたものだ。 バイク乗りの彼女は、私と同年齢だが、ずいぶんと大人びて見えた。 それもそのはず、彼女は高校のときから大学のバイクサークルに出入りをしていて、彼女の交友関係のメインは、年上の男性たちが占めていたのだ。 だから、私も大人びた彼女と釣り合いがとれるよう、随分と無理をしたり背伸びをしたものだ。今思い出すと苦笑してしまうこともたくさんある。 そういえば、渋谷にあった『スイング』というジャズの映像を観せてくれるジャズ喫茶に最初に入ったのも彼女と一緒だった。 前々からチェックはしていた店だが、雰囲気が怖くて、なかなか一人では入れなかったのだ。 意を決して、彼女の手を引き、暗いビルの奥へと進んでゆき、さもここの常連なんだと言わんばかりの態度でドアを開けたら、店内は、漆黒の闇空間と、饐えた匂いのまるでお化け屋敷か、さながら穴倉の中の秘密結社。 予想以上に暗い店内と大音量のジャズに驚くと同時に、入り口の低い天井に頭をぶつけてしまった。 一人では入れなかったくせに、好きな女の子の前では、妙にカッコつけてしまうのが私の単純なところ。 ビリー・ホリデイをキッカケに、真剣にジャズを聴き始めたのも、“他の同世代とは違うジャズを聴いている男”として見てもらいたかったからだ。 動機は不純、かつ単純なんだよな。あ、これって、なんだか村上龍の『69』みたいでイヤなんだけど、ま、それが青春ってもんでしょう、とお茶を濁しておこう。 ある日、彼女がバイクで事故をおこした。 慌てて病院に見舞いに行った私。病室に入り、彼女に声をかけようとしたら、バイクチームの大学生たちが次々と見舞いにやってきた。 礼儀正しく、大人びた彼らと楽しそうに談笑しているパジャマ姿の彼女は、私に見せる姿とはまるで違った別世界の人だった。 バイクの免許を持たず(今でも持ってないけど)、大学生でもない自分は、まるで何も出来ない子供のようで、ひどく惨めな気分になり、落ち込んだことを覚えている。 早く大学生になりたい。早く大人になりたい。早くあの大学生たちと対等の土俵に立ちたい。 そういう思いだけがつのり、唯一、彼女との接点になるビリー・ホリデイを繰り返し聴くしかなかった私。 だから、買った。聴いた。聴きまくった。 当時は、宇田川町の吉野家の向かいにあったタワーレコード。 ここの3Fのジャズとクラシックのフロアで、私が買ったビリーのアルバムは、『レディズ・デッカ・デイズ vol.1』。 デッカ時代のビリーの歌を集めたベスト盤で、2枚に分かれていたが、買ったのは1枚目のほう。 ビリー・ホリデイの第一印象は強烈だった。 それまで聴いてきた、どの女性歌手とも違う強烈なインパクト、いや強烈な匂いを耳で感じた。 たとえば、チーズで言うと、プロセスチーズしか食べたことのない人が、いきなり、ゴルゴンゾーラ、いや、それよりもマンステールやエポワスのような強烈なチーズを一気に頬張ってしまった感じ。 軽い気持ちで準備していた耳に、いきなり不意の一撃をくらった驚きは、今でも鮮明に思い出すことが出来る。 そりゃそうだ。ポップスに慣れた耳には、ビリーの歌は旨いんだかヘタなんだか、甘いのだか甘くないのか判断しようもなく、とにかく、ベターッと耳の奥にマッタリとヘバリつく声に戸惑いを隠すことが出来なかった。 どうして、彼女はこんな声の歌手が好きなんだろう、なにがキッカケで好きになったのだろう、この声のどういうところが好きなんだろう? 聞きたいことは一杯あった。 でも、「ビリーの甘い声が好きなの」と言った彼女に、「うん、オレもそう思う」と応えてしまった手前、いまさら尋ねることも出来ず、ましてや彼女は退院してからというものの、予備校には来なくなり、家に電話をしても、なぜかお父さんは取り次いでくれなくなり(父親と二人暮らしだった)、結局、それ以来、2度と会うこともなく、フェードアウトしていった、というのが顛末。 ビリーの甘く重い声だけが、私の中に残った。 最初は奇妙な甘ったるさを感じた歌声だが、繰り返し聴いているうちに、少しずつそれぞれの曲の違いや、雰囲気が分かってきて(慣れてきて)、好きな歌手とまではいかないけれども、時折強烈に聴きたくなるタイプの中毒性の高い歌手として私の中に位置づけられた。 一番最初に好きになった曲は、《ベイビー・アイ・ドント・クライ・オーヴァー・ユー》。 ビリー・カイル・トリオのリラックスした伴奏に乗り、しみじみと歌うビリーの歌唱は、いい感じで力が抜けていて、次第に、この曲の陽気さの中に潜む、気だるさ、悲しさ、やりきれなさを“音で”感じることが出来るようになってきた。 この曲に親しみを感じるようになったことを契機に、少しずつ他の曲にも親しみが湧くようになってきた。 サッチモとのデュエットがユーモラスな《マイ・スイート・オートラッシュ》や、後に名曲かつ代表曲だと知る《ドント・エクスプレイン》。 しみじみとした《ユー・ベター・ゴー・ナウ》に、ラストを飾るに相応しい感動的な《ゴッド・ブレス・ザ・チャイルド》…。 一つの曲が分かったことを契機に、あとは堰を切ったように、様々な曲の名旋律と名歌唱が心に染みてくるようになった。 今考えると、こんなに素敵な曲と歌の宝庫なのに、どうして、素晴らしいと感動できるようになるまでに、かなりの時間を要したのだろうと思うが、それはそれで仕方の無いこと。自転車に乗れるようになった人は、補助輪が無いと乗れなかった頃の自分の気持ちは、なかなか分からくなるものだ。 それだけ、当時の私は子供だったのだし、ビリーの歌を受け入れる「私の存在全部」があまりにも小さかったのだ。 いったん補助輪無しで自転車に乗れるようになれれば、何年ブランクを空けても、補助輪無しで自転車を漕げる。 だから、いったんビリーの歌に感動できる回路が心の中に作られれば、たまにしか聴かなくても、聴いた数だけ、しみじみと感動することが出来るようになる。 だから、私は他のビリーのアルバムに比べると、この『レディズ・デッカ・デイズ vol.1』はあまり聴かなくなっているが、時折思い出したように聴くと、古い記憶だけではなく、新鮮な感動をも味わうことが出来るのだ。 もっとも、《ベイビー・アイ・ドント・クライ・オーヴァー・ユー》だけは別格で、なぜだかこの曲だけは、今でも聴くたびに、当時の光景が蘇り、少しだけほろ苦い気分になってしまう。 |
| (2004/06/18) |
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