HANDS Solo Acoustic Bass (King Records 低音シリーズ) |
| - Brian Bromberg |
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Brian Bromberg (b) 2008/7月 |
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ブライアン・ブロンバーグは、とっても「いいヤツ」なんだと思う(笑)。 ものすごいテクニックの持ち主。 だけど音に哲学がない。 レコード会社(プロデューサー?)の言われるがままに、「今度はジャコやってよ」と言われたら、あたかも 天ぷら屋のおっちゃんが「かき揚げ一丁!」と言われたら「あいよ!」とばかりにサクッとかき揚げを揚げてしまう。 この気安さが、「アーティスト」ではなく、「うまい(だけの)プレイヤー」という目線で見られがちなことは否めない。 特に私の周囲のジャコ・パストリアスのファンからは評判が悪く、「ジャコはアーティストだけど、ブロンバーグは巧い楽器弾きでしかないない」というような大方の評価が定着しているように感じる。 『ジャコ』というアルバムでは、『ジャコ・パストリアスの肖像』のパロディ風のジャケットにしようと提案されたら、「あいよ!」とばかりにジャコのコスプレを買って出る。そして、ジャコファンからは顰蹙と失笑を買ったりする(笑)。 きっとブロンバーグとしては、悪気があるわけではないんだろう。 ただクライアントからの「発注」に応じて、律儀に「仕事」をしただけの感覚なんだろうが、この気安さが、かえってブロンバーグのミュージシャンとしての格下げにもつながっている節がなきにしもあらずなのだから、かわいそうといえばかわいそうだ。 もちろん、テクニックは凄いものを持っている。 なんたって、エレキベースでも難しいジャコのナンバーをウッドベースでサラリと演奏してしまうほどの腕前なのだから。 しかし、それと反比例するかのように、 「ウマいんだけど、それだけ(=音楽性がない)」 「最初聴いたら驚いたけど、底の浅さも感じる。だから、聴いてるうちに飽きてきた」というようなマイナス評価につながりがちなところは、ある種ブロンバーグの仕事ぶりからくる不幸なのかもしれない。 “ジャコ路線”もひと段落し、次なる「クライアント」からの発注は、 「ソロをやったら?」だった。 律儀なブロンバーグは、親愛なるプロデューサー氏からの発注に、最初は驚き、とまどい(ライナーにもベースソロなんてやったことがないと書いている)、しかし、根は「いいヤツ」だから、引き受ける(笑)。 カリフォルニア州リトルクリーク。 ロスから車で1時間ほどの郊外にある牧場。 その中にあるレコーディングスタジオにこもり、気が向いたときにいつでも録音出来るようにエンジニアにセッティングしてもらったブロンバーグ。 良く言えば、ブロンバーグのために周到なお膳立てともいえるし、悪く言えば、作家をホテルに缶詰めにして「早よ書け」状態に追い込んでいるともいえる(笑)。 しかしブロンバーグは、この環境を十分に楽しみ、新鮮な気分でレコーディングに臨めたようだ。 だから、たくさんの曲をウッドベースで録音した。 そして、完成したのが本作『ハンズ〜ソロ・アコースティック・ベース』だ。 曲目を見ればわかるとおり、良く言えばバラエティに富んだ選曲。 悪く言えば、節操無さ過ぎのとっ散らかりっぷり(笑)。 スタンダードの《星影のステラ》に始まり、マイルスの《ソーラー》を演奏したかと思えば、お次はビートルズのメドレー。 ボサ・ナンバーの《カーニバルの朝》もあるし、エリントン・ナンバーの《イン・ア・センチメンタル・ムード》も演奏している。 もちろん、ジャコ・ナンバーも忘れてはいない。 《トレイシーの肖像》の一部も挿入するというサービス付きの《ティーン・タウン》も演奏し、ファンの期待に応えている。 さらには、プロデューサー氏に捧げた《ススムズ・ブルース》という曲も作曲・演奏し、表敬の意を込めることも忘れない。 ほんと「いいヤツ」なのだと思う、ブロンバーグという人は(笑)。 バラエティ豊か(?)な収録曲を聴いていると、彼は「やりたい曲」も演奏したのだろうけど、同時にウッドベース1本で「やれる曲」と「やりやすい曲」を弾いたんだろうなと思う。 「どうしても、この曲がやりたい!」 という意思よりも、 「ジャコ・ファンのためにジャコ曲をやっておこう」 「ジャズファンがターゲットだからスタンダードも入れておこっと」 「マイルスの曲もやっておいたほうがいいよな」 「ビートルズやツェッペリンナンバーやればウケるかも?」 こういった、発想のほうが先に見え隠れしてしまうところが、多くのジャコ好きからしてみれば、ブロンバーグというベーシストの軽やかさ(と同時に尻軽さ)を感じてしまう所以なのだろう。 たとえばデイヴ・ホランドや、池田芳夫のような、エッジの立ったイメージの漂う、いかにも「アーティスト然としたベーシスト」もベースソロを発表している。 しかし、彼らは「プレイヤー」であると同時に「アーティスト」というイメージも強い。 だから、デイヴ・ホランドが『ワンズ・オール』というソロアルバムで《ミスターP.C.》を弾いたら、リスナーは「ホランドがコルトレーンナンバーを取り上げているが、そこにきっと深い意味があるのだろうな」と、好意的に解釈してくれる。 それは、池田芳夫が『ソロ』で《柳よ泣いておくれ》を取り上げているのも同様だ。 しかし、ブロンバーグの場合は、言い方悪いが「別荘に閉じ込められて何か弾けといわれたから、弾ける曲を色々と弾いてみたんだな」という見え方になってしまう(笑)。 しかし、だからといってアルバムの選曲に統一感がないからといって、それがそのままこの『ハンズ』というアルバムの価値を貶めるものでは決してないことは、彼のベースソロを聴けばよくわかる。 アーティストではないにしても、楽器弾きとしては一流の腕を持つブロンバーグのこと、どの曲も聴きやすく、地味なフォーマットであるにもかかわらず(地味なフォーマットだ からこそ?)必ずどの演奏にもキャッチーなフックを設けている。 きちんと聴き手のことを考えてベースを弾いているんだなと思わせるだけの「いいヤツ」っぷりが発揮されているのだ。 音も素晴らしい。さすがに低音の録音には定評のあるキングレコードの低音シリーズなだけあって、非常にリアルかつ奥行きのあるベース音。 ブロンバーグがベースの胴を移動させると、音の定位までもが、ブロンバーグの身体とベースの胴の向きとシンクロして移動するぐらいリアルな録音となっている。 とかくジャズを芸術としてとらえる向きには、演奏者の内的欲求が感じられないものはアートとして認めない人が多い。 つまり、本当に表現したいことがなければ、無理してアルバム出すな、ということなのだろう。 だとすると、「ウッドベースでソロアルバム作ってよ」というオーダーを受けてから、はじめて何を弾こうか、どう弾こうか、と考えて録音を開始したこのアルバムは 、内的欲求の乏しいアルバムなのかもしれない。 しかし、すべの料理人が一流ホテルのシェフである必要がないように、すべての楽器弾きがアーティストである必要はまったくない。 お客の「かき揚げ丼一丁!」という気軽なオーダーに、「あいよ!」と気軽に応えて、サクッとかき揚げを揚げる料理人の存在も必要なのだ。 そして、言うまでもなく、ブロンバーグという料理人の揚げたかき揚げは、うまくて食べやすい。 |
| (2009/06/11) |
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