BREEZIN' (Warner) |
| - George Benson |
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George Benson (g,vo) Phil Upchurch (g) Ronnie Foster (el-p,key) Jorge Dalto (p,key) Stanley Banks (b) Harvey Mason (ds) Ralph MacDonald (per) 1976/01/06-08 |
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正しく「フュージョン」なサウンド。 いや、当時は「クロスオーバー」と呼ばれていたのかな? とにもかくにも、 聴きやすくて、 爽やかで、 会話を邪魔しなくて、 ムーディな要素もあって、 よく聴くとじつは参加ミュージシャンのテックニックも凄くって……、 という、私がなんとなくフュージョンに抱くイメージのすべてを、完璧に体現しているアルバムが、まさにジョージ・ベンソンの『ブリージン』なのだ。 私はこれをリアルタイムでは聴いていない。 これが録音された1976年といえば、まだ私が小学校低学年のハナタレ坊主だった頃だ。 ただ、今聴くと、やっぱり当時の匂いというか時代を感じさせる音だなとは思う。 当時は関西に住んでいた私だが、当時の大阪の喫茶店や、街中でかかっていそうなサウンドテイストだよな〜というのが第一印象だった。 リアルタイムで聴いていないにもかかわらず、微妙に懐かしいのだ。 もしかしたら、繁華街で耳にしていたのかもしれない。 私がハナタレ坊主だった1976年頃のニッポンの若者や大人は、どういう思いでジョージ・ベンソンの『ブリージン』を聴いていたのかは想像するしかないのだが、大ヒットを飛ばしたこの作品は、お洒落な音楽として認知されていたようだ。 《ブリージン》をBGMにして女性を口説いた人も本当にいたらしい(スゴい!)。 当時からベンソンを聴いている先輩ジャズファンからの話によると、このアルバムがヒットした要因は、なんといってもギターのベンソンが「歌っちゃったところ」がポイントなのだそうだ。 2曲目の《ジス・マスカレード》が、「歌っちゃった」曲。 ベンソンは思い入れたっぷりに、レオン・ラッセル名曲を歌っているが、これが思いのほか好評を博し、その後ベンソンは、「歌も歌うギターのうまい人」というイメージで世間に認知されてゆく。 ワーナー移籍後の第1弾ということもあり、心機一転、新たに打ち出そうとした切り口が「歌」だったのかもしれない。 クレジットを見たら、プロデューサーはトミー・リピューマだった。 トミー・リピューマといえば、細野晴臣、坂本龍一、高橋幸宏の3人が発表したはいいけど、世間的な評価はいまひとつだった『イエロー・マジック・オーケストラ』にいちはやく注目し、リミックスを手掛けた敏腕プロデューサーでもある。 なるほど、このアルバムのベストセラーの背景は、ベンソンの“歌”にプラスして、“売れるツボ”を心得たプロデューサーの仕事も背景にはあったのだろう。 このアルバム以降、ベンソンはジャズギター、あるいはフュージョンギターの人という位置づけよりも、“黒人のエリック・クラプトンみたいな人”という位置づけが定まってゆく。 つまり、ギターと歌が上手な大人ポップスの人。 少なくとも私はそのようなイメージを抱いている。 常にリスナーが聴きやすいアンサンブルに気を配ることを忘れない。 だから、たとえテクニックがあっても、演奏のバランスが崩れるぐらいならば、ハイテク奏法は控える。 テクニックよりも、曲重視、アンサンブル重視の姿勢。 なによりウェス・モンゴメリーから丁寧にアクをすくい取ったようなギターも、親しみやすさに拍車がかかっている。 このあたりが、安定した“票数”の獲得と、ヒットを放つ要因なのだろう。 そして、黒人版クラプトンへの道を歩み始めた第一歩が、歌も歌った『ブリージン』なのだろう。 21世紀になってから中古屋で買ったCDを、iPodに落とし、主に渋谷の雑踏の中で聴いている私には、発売当時の思い入れや、時代状況も絡めた感想を書くことは出来ない。 ただ、タイトル曲の《ブリージン》の爽やかさや、《アファメーション》のエレピのソロはけっこう好きだし、控えめだがアルバム全体のアンサンブルをビシッと占めているハービー・メイソンのタイトなドラミングも素晴らしいとは感じている。 で、いまひとつ判断がつきかねるのが、じつは《ジス・マスカレード》なんだよね〜(笑)。 これはベンソンの歌がいいとか、ギターがいいとか、スキャットと一緒にギターもユニゾンしているところが面白いとかという以前に、《ジス・マスカレード》という原曲そのものが素晴らしいのだと思う。 いい曲は、誰が歌っても、誰がアレンジし、誰が演奏しようが、そこそこの出来に仕上がってしまいやすいもの。 たとえば、チック・コリアの《スペイン》なんかそうじゃないですか? この曲は、有無を言わさぬほどの名曲ゆえ、誰が演奏しても、そこそこの仕上がりになってしまいやすい曲。たとえ演奏やアレンジがイマヒトツでも、曲の良さがヘボさやショボさを覆い隠してくれることもある。 それと同様に、果たして、ここで歌われているベンソンの陶酔チックなヴォーカルが巧いのか? そんなに素晴らしいのか? 私には判断がつきかねる。 もちろん、少年の自分にヴォーカルのレコードを出しているベンソンのことだから、まったくのヘタクソというわけではないんだけれども、私にとっては、ちょっとクサくてクシャミが出てしまう歌唱なんです(笑)。 私の場合は、幼い頃、親父が応接間のステレオでかけていたカーペンターズのバージョンが身体の中にしみ込んでいるのだろう。カレン・カーペンターのシットリ&アッサリな声がどうも私の中の基準になってしまっているようだ。 カーペンターズの《マスカレード》が基準になってしまうと、ベンソンの歌唱は砂糖が多過ぎるように感じる。 しかし、このセンチメンタルな砂糖がヒットの要因の気もしないでもない。 しかし、先述したように、これは曲の良さの勝利だよね。 選曲の勝利。 良い曲を選んだと思う。 ギターと歌だからといって、B.B.キングの二番煎じよろしくリズム&ブルースのナンバーをやってしまったら、これほどまで注目されず、ヒットもしなかっただろう。 センチメンタルな雰囲気を湛えつつも比較的あっさり目のナンバーを思い入れたっぷりに歌ったところがミソなんだと思う。 いつの時代も濃過ぎるものは、マニア受けはするが、万人受けには繋がりにくいものなのだ。 万人が好む薄味こそ大衆性を獲得する条件の一つ。 そのツボを見事に押さえたアルバムゆえ、ヒットにつながったのだろう。 歯ごたえはないが、聴きごたえは十分にある内容ではある。 積極的に聴こうと思うことはマレだが、聴いたら聴いたで、結局最後の一音まで飽きることなく聴いてしまうのだから。 音楽として、というよりは、作品としてはかなり完成度の高さを誇るアルバムであることには違いない。 |
| (2009/12/26) |
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