CANNONBALL'S BOSSA NOVA (Riverside) |
| - Cannonball Adderley |
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Cannonball Adderley (as) Pedro Paulo (tp) #2,4,5,7,8 Paulo Moura (as) #2,4,5,7,8 Sergio Mendes (p) Durval Ferreria (g) Octavio Bailly Jr.(b) Dom Um Romano (ds) 1962/12月 |
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たとえば、オペラ歌手のパバロッティなどがボサノヴァを歌ったとすると、かなりの違和感があると同時に、悪い冗談としか受け取られないだろう。 なにせ、ボサノヴァの思想の根底には、デカいことをデカい声で言う「西洋反オペラ主義」があるからね。 軽やかなリズムに乗って、ノン・ビブラートで、訥々とつぶやくような歌い方。それこそがボサノヴァのステレオタイプ。 体温の熱い歌唱は、ボサノヴァにはふさわしくない。 ま、サラ・ヴォーンやエラ・フィッツジェラルドのような体温高めの歌手もボサにトライしているので、いちがいに体温高いのが全てノーというわけではないし、彼女たちはジャズシンガーなわけで、ボサの根っこの一つはジャズなわけだから、さして違和感はない。 では、キャノンボール・アダレイのアルトサックスはというと? どちらかといえば、パバロッティタイプだ。 雄弁かつ流暢。 細かいところにビブラートを混ぜるなど芸も細かく、透き通った音色ではあるが、プレイ全体からほとばしる温度は高い。 だから、キャノンボールがプレイするボサノヴァって水と油なんじゃないか? と聴く前は思っていた。 たとえ、バックのオケをセルジオ・メンデスらブラジル系ミュージシャンで固めていたとしても、だ。 しかし、意外と悪くはないんだよね。 もちろん、「ボサノヴァを聴くぞ〜!」と気合を入れて聴くボサノヴァのアルバムとしてではなく、あくまで、キャノンボールが自分の「歌」の題材としてボサノヴァの曲を選んで吹いているアルバムとして聴けば。 つまり、素材がたまたま、当時人気だったボサノヴァだっただけで、彼のサックスの歌い方は、あくまで、キャノンボール流だ。 そして、キャノンボール流の「歌」として聴けば、決して悪くはない。 オーバーブロウに陥ることなく、 ヒートアップし過ぎることもなく、 彼なりにボサノヴァのテイストに敬意を表してか、 終始、控えめに吹いているところがイタイケではないか。 ボサノヴァとかジャズとかキャノンボールとか、そういったことを なーんも考えずに聴くには、最良のBGMとして、心地よく空間を満たしてくれることだろう。 一曲目の《クラウズ》が流れはじめた瞬間から、♪う〜ん、いいなぁ〜 と凝り固まった心は自然に武装解除。 神経を張り詰めながら仕事をしていたとき、肉体披露で心身ともに栄養補給が必要なとき。そういうときこそキャノンボールのボサは甘く切なく染みてくるのだ。 |
| (2010/03/30) |
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