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YMOが感性の扉を開いてくれた。


今、読んでいる本が『YMO GROBAL』。めっぽう面白い。


リアルタイムでYMOを聴いていた人も、
散解後にファンになった人にも、
等しくおススメ。

彼らがどんな音楽に影響を受けてきたか。
彼らがどんな音楽に影響を与えてきたか。

さまざまなジャンル、ミュージシャンのディスクがテンコ盛り。

もちろんメンバーの3人のソロアルバムや、参加したアルバムのレビューも充実している。

しっかし、懐かしいなぁ。

私はリアルタイムでYMOを体験してきた、
「ナマイキな小学生」→「友達の少ない中学生」
だったが、この本でインタビューを受けている「YMOファン」の人たちも同じみたい。

当時は、YMOがはやる一方で、「たのきんトリオ」や「横浜銀蝿」など、YMO好きからしてみれば、脳が溶けそうなほどシュガーな音楽のほうが世の中の電波を占めていたわけで、当然、学校にはこれらのファンの人口のほうが圧倒的に多く、彼らとは話題があわず、『ビックリハウス』や『宝島』を読んでいるような「ヘンタイヨイ子」さんは、クラスに2人か3人しかいなかったからねぇ。

そんな環境下におかれていたのはどうやら私だけではなく、多くのYMOチルドレンもそうだったのだということが確認でき、なんだかうれしい気分になってしまった。

私は今でこそ聴く音楽の中心はジャズになっているが、ジャズにいち早く親しめるようになったのは、耳の基礎体力があったからだと思う。

この耳の基礎体力は、いうまでもなく、YMOの影響が強い。

つまり、坂本龍一がインタビューでジョン・ケージやサティの名前を出せば、レンタルレコード屋(「友&愛」とか・笑)に走り、借りに行ったものだし、レンタル屋になければ(ないことのほうが多かった)、自腹で買ったり、「分かってる」友達に借りてむさぼるように聴いたものだ。

YMOのメンバーは全員東京出身。しかも、3人とも言い方悪いけれども“ボンボン”だったわけだから、“庶民”は手に入れにくい海外の音源には数多く聴いていた人たちで、「音楽的教養」はめちゃくちゃズバ抜けていた人たちでもあったわけ。

さらには、ソロアルバムに参加する海外ミュージシャンの人脈の広さも手伝い、まるで、YMOという樹の幹から広がる、枝や葉っぱを追いかけていく作業が当時、リアルタイムでYMOを体験していたYMOチルドレンたちの共通した傾向だったように思う。

基本的には勉強熱心なのよ、コアなYMO好きって(笑)。逆に勉強せずにはいられない!という刺激をYMOの音楽はたしかに持っていた。

彼らの曲だけでは飽き足らず、精神性や音楽的な感性までをも同一な周波数にあわせ、少しでも近づきたいという思いがあったのかもしれないし、頭と感性の柔軟な時期に、なんでも聴いてやろう!という欲があったのかもしれない。

おかげで、クラフトワークはもちろんのこと、ブライアン・イーノ、スティーヴ・ライヒ、スライ&ザ・ファミリーストーン、ディーヴォ、武満徹、ロキシー・ミュージック、ロバート・フィリップ、トーキンングヘッズ、ビル・ネルソン、デューク・エリントン、ジャパン、バグルスなどを並列して聴いていたナマイキな中学生だったのですね。

これじゃあ、横浜銀蝿が好きなツッパリ予備軍クンたちとは話題が合うわけないやね(笑)。

もちろん、上記のすべての音楽をイイ!と思ったわけではなく、「どうして、細野さんはこの音楽からどう影響を受けたのかな?」「教授はこの音楽のどこをイイと思っているんだろ?」などと疑問符が頭に浮かぶ音源も多かったことも確か。

しかし、一つのところに安住せず、YMOのメンバーから触発されて、さまざまな音楽に触手を伸ばしてゆけたことは、良い体験だった。

10代前半の子どもが持つ好奇心のアンテナをうまく伸ばしてくれた“文化人”“教養人”としてのYMOのメンバーに感謝するとともに、この本をめくれば、そんな当時の熱い思いが甦ってくるのだ。

『BGM』や『テクノデリック』のアートワークを手がけた奥村氏のインタビューも収録されていて、分かっちゃいる話ばかりだけれども、やっぱり面白い。

私にとってのYMOのベストは、やっぱりこの2枚。


理解するには時間がかかったけれども、この2枚の虜になったあたりから、もうなんというか、世界にずぶずぶ浸りきって後戻りできないような、心地よい退廃的感情が支配していたことを覚えている。

とはいえ、これはあくまで、中学1年生の子どもが感じた意識なので、「もう、ボクはフツーの音楽じゃあぜんぜんツマンなーい!」ぐらいな感覚なんだけどね(笑)。

この時期に、マイルス・デイヴィスを知っていたら、しかも『ビッチェズ・ブリュー』や『ゲット・アップ・ウィズ・イット』に出会っていたら、もっと刺激的な音楽生活を送れていたかもしれない。


『ビッチェズ・ブリュー』と『カインド・オブ・ブルー』の2枚が、初めて聴いたときに直感的に理解できたマイルスのアルバムなんだけれども、とくに、ビッチェズの重層的でどろどろした得体のしれないミステリアスな世界は、当時の私だったら、それこそ砂に水が染みるような勢いで吸収していたことだろう。

はじめてビッチェズを聴いたのは大学生になってから。
聴いた瞬間「なんて分かりやすく、奥深い音楽なんだろう!」と思った。

おそらく私の感性が直観的に理解したのではない。
理解できるためだけの下地作りを10代の頃に様々な音楽を聴いて下地作りをしていたのだ。

そして、その飽くなき下地作りの強力なモチベーションがYMOの存在だったというわけだ。
もし、彼らの音楽を経ずにジャズに出会っていたら、きっと良さが分かるまでかなり遠まわりをしていたかもしれないし、途中で良さを掴めずに聴くのをやめていたかもしれない。

(記:2007/04/30) 
(加筆修正:2009/01/11)