|
私は月に数日、泊まりこみで仕事をします。
毎月のことなので、月に一度の祭りのようなものだぜ、と割り切ってますし、そう割り切れば楽しいもの(?)です。
女房にも、この仕事に就く前には、「仕事で帰らない日も多くなると思うけど、自分の旦那はマグロ漁船の乗組員のようなものだと思って諦めてくれ」と言ってあるので、なんら問題ありません。
むしろ、風呂と着替えで明け方にちょこっと家に戻ると「なんだ、帰ってきたの?」と言うぐらいですから、数日家を空けたところで、ぎゃーぎゃー言うようなタマでは全然ありません。
それどころか、今まで仕事と趣味、遊びで文句言われたことって1回もないので、ありがたい話です。
今度のフェンダーオールドは100万だぜ!といっても、「あ、そう。スゴイじゃん」です(笑)。
「スゴイじゃん」の一言でナットクしてくれるんだよ、と言うと周囲の既婚者やベーシストは一様に「そ、そんなバカな!」と驚きますが、うちではそれがアタリマエなのです。
そのかわり、私も女房の買い物や旅行や仕事や趣味には一切口出ししてませんし、稼いだお金を何に使おうが、そのお金が良い気分をもたらし、かつ有形無形のカタチで将来のステップアップに繋がれば、それが何より一番幸せなことだからとお互いに思っているからです。
と、話がそれましたが、私はいくら仕事が忙しくても、腹が減ってはイクサは出来ません。どんなに仕事が忙しいときでも、3食は絶対に喰います!
で、私が徹夜明けの朝食によく利用する店がありまして、そこで作っている手作りのパイがとてもオイシイのであります。
新宿通り沿いにある某コーヒーショップなのですが、そこまでは仕事場から歩くと20〜30分はかかります。
朝に、散歩がてら気分転換に歩いて行くこともありますが、そんな余裕の無いときは、タクシーを拾ってでも行きます。
とくにギリシャほうれん草とチーズのパイは絶品で、これを食べながらコーヒーを飲み、iPodでドド・マーマロサの《メロウ・ムード》や《コテッジ・フォー・セール》を聴くと最高の気分になります。
10分足程度の優雅な時間ですが、最高のリフレッシュになり、その日の仕事の原動力になるのです。
人生の豊かさとは、好きなものとオイシイ食べ物の選択肢をできるだけ多く持ち、かつ望んだときに適切なものが手に入る状態、環境に身をおくこと。あるいはそのような手段、方法を持つことだと私は信じて疑いません。
この状態がキープできれば、少なくとも仕事の忙しさ、ツラさ、ストレスなんて屁のようなものです。
と、ここまで書いて前の文章を読み返すと、要するにオレはオイシイ食べ物さえ食べられればゴキゲンな単純野郎に読めてしまうのですが、そのとおりなのです(笑)。
最近はそういう自分が愛おしくさえ思えます(アホ)。
だから私は柳沢きみおの『大市民』が好きなのかもしれません。
これは、私が好きな漫画家の一人、柳沢きみお先生のライフワークの漫画で、主人公の小説家・山形鐘一郎は、名前やルックスからも、おそらくは北方謙三をモデルにしたと思われますが、彼が語るウンチク、人生訓はなかなか面白い。
特に、初期の頃。最近はちょっと愚痴っぽくなってきたかな……。
豪快で自由人な彼の生き様や語り口も面白いのですが、それ以上に楽しいのは、山形や彼を取り巻く人物たちが旨そうにビールを飲んでいるところの描写。ビールだけでなく、食事しているときの表情もとても旨そうなのです。
そして、おいしい食べ物を食べたとき、おいしいビールなどの酒を飲んだときに出てくるキメ台詞が、
「美味し!」
なのです。
誰しも生きていれば、楽しいことだけではなく、さまざまなツライこと、悩ましいこと、苦しいこと、かったること、疲れること、気が滅入ることも色々とあることでしょう。
もちろん、私にもあります。
いや、一日の80%は、頭痛のタネになるような不愉快な出来事や、自分一人の力では解決できない問題や、すべてを放り出して「やーめた! オレ知らないもんね、あとは勝手にしやがれ」と言いたくなるような出来事の連続です。
しかし、旨い食べ物があれば、それらの問題もなんとなく乗り切れてしまいそうな気がしますし、実際、なんだかんだで、完璧ではないけれども、60点から75点ぐらいのレベルで、乗り切ってきているような気がします。
単に私が単純で、食いしん坊だというだけの話かもしれません。
しかし、これまで自殺や現実からの逃避をせずに、なんとか生きてこれたのは、きっと「美味し!」といいながら食べ物を食べているときの幸福感が支えになっているのだと思います。
人によって「豊かさ」の定義は色々あるでしょうが(金銭的な余裕がある状態を「豊かさ」と考えている人も多いのではないかな?)私の場合は、美味しいものを食べたい!と思ったときに美味しいものが食べられる状態こそが「豊かさ」だと感じています。
「勝ち組」「負け組み」というイヤぁな言葉が世間に定着して久しいですが、もし、本当に人生に勝ちとか負けがあるとしたら、「美味し!」をどれだけ言ったか言わないかに尽きるんじゃないかと思います。私はね。
なぜなら「美味し!」は物理的においしい、まずいの判別から出てくる言葉ではなく、豊かな心の状態も伴ってこそ、はじめて出てくる言葉だからです。
だって、一人寂しく高級な料理を食べたところで、決して「美味し!」という言葉は腹の底からは出てこないでしょ?
▼美味し!といえば『大市民』
(記:2006/07/25)
(加筆修整:2007/09/02)
|