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息子、最近、真剣にピアノに取り組んでいるようです。
ああ、ダメだ、ピアノのお稽古まであと2日しかない。このままだと課題曲うまく弾けないよぉ。ああ、ハワイなんて行くんじゃなかった……。
昨夜、女房が帰宅したら、息子はピアノを弾きながら悔し涙を流していたそうです。
いいじゃない、いいじゃない。いいことだ。
私の場合、ピアノを習っていた頃は、ピアノが出来なくて悔しいと思ったことはないし、ましてや悔し涙など一度も流したことはありません。
なぜなら、真剣に取りくんでいなかったから。
適当にやって、うまくいかなければ、どうせ課題曲は来週の持ち越しになるし、カリキュラムの進行が遅くなるのは、オレじゃなくて先生の責任だしさー、などと生意気なことを考えて、いつも適当に練習を流していたので、夜遅くまでピアノを弾き、ピアノの手を止め、大粒の涙を手の甲にボトリと落として「ああ、ダメだ」なんて悔しがることはなかったのです。
「悔しい」という感情が沸き起こるということは、真剣に取り組んでいる証拠。素晴らしいことじゃないですか。
どんどん悩んで、どんどん悔しがりなさい。
そして、がんばって壁を乗り越えなさい。
壁を乗り越えた数だけ成長があるのだから。
壁がない人は成長もないのだから。
寝室からはガーガーと大きな寝息が聞こえてきました。
息子の寝息です。
女房の話によると、悔し涙を流した後、それでも涙を拭って一生懸命ピアノを1時間ほど練習した後、エネルギーを使い切って、そのまま寝床にばったりと倒れ、晩飯も食わずに寝てしまったそうです。
いいねぇ、電池が切れるまで真剣に物事に取り組むその気概。
正直、私のように適当にダラダラ生きてきた人間からしてみると、このようなストイックかつ真剣に物事を取り組む人はとても尊敬に値するし、しかも、そのような人間が自分の息子なのだと思うと、とても嬉しく思うのです。
(記:2006/06/29)
(加筆修整:2007/08/07)
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